奈良文書
The Nara Document on Authenticity
文化遺産は価値と役割との問い直しが常に求められる。国際条約にもとづく世界文化遺産といえども、価値基準や役割は、とりまく文化的・社会的諸課題をふまえたパラダイムやストラテジーにより更新されてきた。そして文化遺産に求められる価値や役割、課題それ自体も、文化遺産の属する社会の歴史や文化も反映し、地域ごとにも多様である。だからこそ、多くのステークホルダーが共に追求できる文化遺産の未来のビジョンを導くには、パラダイムの多極化・相対化につながる議論の推進が常に重要である。
そこで広島大学は、1994年の「真正性に関する奈良文書」をフィーチャーした国際ワークショップを開催し、文化遺産の現代そして将来的課題の抽出を行う。アジア発のパラダイムである「奈良文書」は、ヨーロッパの伝統に根ざした創建時の状態の保持を絶対視するという従来の風潮に懐疑を呈した。そして、価値観の相対化と多様性、それぞれを尊重して包摂する意義を具現するという文化遺産の価値と役割とを提唱した。採択以来、世界遺産にまつわる方針を刷新し、文化遺産に関する世界的な議論にも影響を与えてきた。
2024年、奈良文書は採択から30周年を迎えた。この30年間で、文化遺産をとりまく状況は変化した。奈良文書が示した文化遺産の未来は実現したのか。叶わなかったことは何か。そして、アジア発の次世代パラダイムが示すべきは何か。30周年を経た今だからこそ、次の30年そして未来にむけて議論する意義がある。
奈良文書の趣旨に沿って、文化遺産をめぐる諸課題を明らかにするためには、多様なステークホルダーが集って議論する必要がある。本イベントでは、非西欧圏での文化遺産の実情に光を当てながら、奈良文書ひいてはパラダイムのアジア発信の意義を今日的な文脈から再確認し、広く共有することにつなげる。総じてこのイベントは、2025年5月にケニアで開催予定の国際会議など、奈良文書の次の節目に向けての議論の序章とすることも目指している。
このワークショップは広島県広島市で開催する。広島には、厳島神社と広島平和記念碑(原爆ドーム)という2つの世界文化遺産がある。これらの2つの文化遺産は、奈良文書採択直後の1996年に世界遺産リストに登録された。奈良文書採択後の価値観を体現する文化遺産である。そして間もなく、これらの遺産は世界遺産リストに登録されてから30周年を迎える。現状の課題や将来的な課題を先取りしている文化遺産ともいえる。本ワークショップでは、2026年の広島を見据えながら、アジア・アフリカをはじめとする非西欧圏の文化遺産にフォーカスし、現状と未来とを議論するプラットフォームを構築する。
アジア太平洋地域とアフリカ地域を中心に、文化遺産の地域性や多様性、また地域社会の持続可能な発展における文化遺産の役割について、経験や課題を共有することで、学際的な対話と地域間の協力を促進する。
アジア太平洋地域とアフリカにおける文化遺産の特性を考慮した上で、地域や地元の優先事項、ニーズ、課題を明確にし、文化遺産に関する今後のアクション・プランにむけた枠組みを構築する。
地域およびコミュニティレベルにおける既存の国際的パラダイムの実用性と適用度を評価する。
既存のアジア発パラダイムの重要性を再確認するとともに、アジア太平洋地域とアフリカ地域を改めてふまえる意義を発信する。
地域の実情と専門的知識を交えた議論により、文化遺産の将来のパラダイムのビジョンを構築する。